企画公演『tragic comic』の武内博一へのインタビュー。
彼は16期新人公演『トケナイ』の脚本を担当したが、
実は主宰として公演を行うのも、
また作・演として公演に携わるのも初めてである。
さて、今月の
えんくらインタビュー!

稽古場に入るとそこは如何にも『稽古場』という雰囲気。
その緊張感に入るのにちょっとためらうくらいである。
初めての演出ということでもっと頼り無げかと思ってたのだが全く覆されてしまった。
そこには演出家然とした演出家がいた。


プロデューサー、欲しいんですけど

山本(以下山)今日はよろしくお願いします
武内(以下武)お願いします
山 えー。ではまず、竹内君は、今回はじめての主宰、はじめての公演ということですね。
武 はい。
山 で、どうでしょう、演出をするというのは。
   (実際に)演出をしてみて。
武 イヤー、大変ですねえ。
山 はは
武 主宰と演出はわけた方が楽かもしれませんね。
山 ほー。
武 例えば企画・製作・主宰みたいな方がいて、
   作・演出の方がいる、っていうのがのぞましいんじゃないですかね。

山 プロデューサーがいて、作演がいるってことですね。
武 はい。
   演出家が芝居に直接関わらないこともしなきゃならないわけじゃないですか。
   事務的なこととか。そういうのをすべて請け負って、
   演出に専念させてくれるっていう人がいたほうがいいんじゃないですかねえ。

山 その辺ネック?逆に演出に手が回らないとか。
武 一度ありましたねえ。でもいまは全然大丈夫です。
山 やっぱり「演出家」でありたいんですかね?プロデューサーではなく。
武 はい、そうですね。
   両方いっぺんに、ってのはあんまり好ましい状況ではない。…とは言い切れないですが、
   僕は分けたほうがいいと思いましたね。



こだわって誘導

山 ではその演出部分についてですが。
   結構細かく(演出を)つけってる感じがしましたが。
武 あれは細かいんですかね?(出演者の大嶋に)どうかな?細かいかな?
大嶋(役者。以下大) どうだろうなー。ただ、こだわりがあるんだろうなって感じがする。
武 ああー
大 ここは譲れない、みたいのがあるんだろうな、っていうか。
武 それはー、わりとありますね。
   こだわりっていうか―僕は本来作家でありたい人間なので、台本にはすごい愛着があるというか、
   ここはこうだろうっていうのがあって、そこはどうしても伝えたくなりますよね。
   でもそれを超える部分を出してくれる事がありますから、そういう時はそっちを尊重します。
   まあでも、細かくつけてるって言えば細かくつけてるのかもしれないですが。

大 でも役者的にはそういう印象はないですね。むしろ伝えたい、
   創りたい世界観があるなってのはありますけど。
武 世界観を壊さないように皆を誘導してくかたちになってるよね、多分。
大 うん、だと思う。こうしろ、っていうんじゃなく。そう。誘導だね。
武 方向性を示していくかんじだよね。
山 そういうのを伝えるのはどうですか?伝わりますか?
大 わかりやすいですね。わからなければ突き詰めて話し合う事もできるし。
   やりやすいですね。

山 では、演出家から見て役者陣は?
武 割と皆(演出の意図を)汲んでくれますね。
   方向性でしか言わないので、それは聞いてくれます。

松浦(付き添い?以下松) 皆理解できてる?
武 理解できてるか、若しくはちがうとらえかたをしていいものをだしてくるか、ですよね。
   もし細かい演技、こうしろ、というところまでつけたらもっと反発が出たでしょうね。
   こういう動きで、っていわれたけどどうなんだろう、と役者さんは不安に、疑問になりますよね。
   そういうのはだしたくなかったですし。


えんくらカラー?

山 今回は演クラ以外の人もいるわけですが。
   全体として竹内カラーになりますかね、演クラカラーではなく。
武 完成したお芝居を見て、「ああ演クラっぽい」って思われたらああそうなんだと思うだけですが。
山 仕方ないよね。
武 でもせっかくやるんなら演クラっぽくないものをやりたいですね。
   外部から呼んだ意味もないじゃないですか。

山 うん
武 同じことはやりたくないですよね。
   演劇倶楽部企画公演って言う名目ですけど、
   トラジックコミックを見て入ってきた新人さんたちが新人訓練をやって、
   『何だこの練習は?!』っていう位のが面白いですね。



エイゾウトハ、チガウカラ

山 芝居をやりたいという気持ちはどこから?
   つまり、映像でもいいんじゃないかと思うのですが。
   (映像じゃなく、というのもだが)単純に何故芝居をしたいのですか。
武 映像はすごく好きなんですよ。
   自分の身近なもので。それで映像やりたいと思うし、すごく大きな位置をしめているんですが。
   うーん、それでも芝居って言うのは・・・
   うーん、単純にやってみたいっていうのがあるんですよね、どうしても。
   飽きっぽいっていわれちゃそれまでなんですが、色々試してみたい性格なんですよ。
   それで芝居もやってみたいな、と。
   だから寧ろ芝居芝居芝居って言う気持ちはないですし、でも芝居をやってみようって。
   で、やるからにはいいものをつくろうって。

松 映像をやるのと芝居をやるのと違いは?
武 新人公演の台本をかいたときは(映像に寄っていたためにか)、
   舞台をどう使うかってのが全然わかんなかったんですね

山 ああー
武 美術があって照明があって音響があってっていうのが
   全然わかってなくて、それで書いたものだったんで。
   明確に僕のヴィジョンっていうのがはっきり出なかったのではと。
   でもその後いろいろ芝居を見て、演出助手などもして、
   ああ、芝居ってこういうなのかなってちょっとはわかってきて、
   そういった意味ではだいぶ舞台を意識して書けましたね。
   だから映像との違いっていうのは・・・・
   うーん、あえて演劇をやるっていうのは・・・・
   やっぱり映像と違うからやるんでしょうね。



だから、見どころは?

山 見所は?
武 見所は・・・、見所ですか、うーん、やりとり。
山 人と人とのやり取り?
武 やりとり。
   ちゃんとテーマもみたいなのも含まれているけど、
   そういうのを(お客さんの)心に刻むのは必要ないと思うんですよ。
   そういうテーマなんだなあ、って軽く受け止めてもらえれば。

山 こういうテーマを伝えたいからこういう芝居やってるわけではない
武 ではないですね。
   本当はテーマを伝えるためっていうほうが表現者としてはあれなのかもしれない

山 それは、わかんないけど、見る側としてはテーマって言うのを明確にしてくれて、
   それを伝えようとしてくれるような芝居のほうがわかりやすいよね。
武 鴻上ショウジなんかははっきりテーマを伝えてくるじゃないですか。
   そういうのよりも野田秀樹みたいな「結局テーマはなんなんだ」って言うほうが好きですね。
   あの人は割と明確に打ち出したりせず、
   言葉遊びで展開されるものをこう(観客側が)感じ取る感じで。
   そういうテーマ性がはっきり出ないお芝居がやりたかったですね。
   テーマはあってもはっきりとは目指さない。
   トケナイ(新人公演)がはっきりテーマを言う台詞があるんですが、
   そういうのは今回やりたくなかったですね。

大 あとさ、丁寧な芝居だよね
武 うん。自然体ですね。キャラって言うのはないですね。等身大なんですよ。
山 うん
武 でもまわりを覆っている世界だとか場所だとかが有り得ない設定になってるんですよ。
   単なる等身大を描いてるのではなくて、有り得ない、フィクションの設定を創って
   そこに等身大の等身大の人間を置いてるんで
   そういう意味では面白いんじゃないですかね。
   ただ単に日常っていうよりは芝居っぽいのでは。
   静かな芝居をやりつつも劇的でありたいと。
   何か見所からずれてますね。

山 結局、見所は?
松 ただ観てそのやり取りを楽しんでいただければそれでいいと。
武 その通りですね。
山 まとめられちゃいましたね。
武 ですねー。
山 お疲れ様でした。では、がんばってください。
武 ありがとうございました。
山 ありがとうございました。



インタビューを終えて
『伝えたい事がたくさんある』そんな印象を受けた。
やりたいことがたくさんある、早くやりたい、そう思っているのではないだろうか。
後はどこまで行けるか、だろう。
今回で一気に駆け上がる勢いではあるが。



インタビュー・文 山本雅幸(演劇倶楽部15期)



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